株式の分散による機能不全
事業承継においてまず考えるのは、株式を相続人や後継者に持たせるというやり方だと思います。
ただ、株式を株式のままにしておくと、相続発生時に法定相続分で各相続人が持分を持つことになります。そうすると、相続人間で意見がまとまらないと、会社が機能不全を起こしてしまいます。また、この様な状態に陥った場合、経営陣が株主を無視して体裁だけ整えた取締役会議事録や株主総会議事録を作成して会社を運営している様なケースすら有ります。
しかしながら、法的には株主を無視した株主総会は「不存在」として効力が否定されます。当然、不存在・無効な株主総会で選任された取締役の地位も否定されます。
こうなってしまうと、会社経営は大混乱に陥りますし、また、取締役が受け取った役員報酬の返還などをめぐり大問題に発展しかねません。
遺言はいつでも撤回が可能
また、遺言書を作成して、株式の分散を防ぐというやり方もあります。相続法の改正により、遺留分侵害額請求権(旧減殺請求)が金銭請求権となったため、遺言書で株式の取得者を指定しておけば株式自体の分散は防ぐことには一応なります。
しかしながら、この場合には、被相続人(遺言者)の意向でいつでも撤回可能であるため、後継者側からは不安の残る状態となります。
民事信託の活用
以上に対して、信託は、モノの管理権とモノが生み出す利益を契約により分離することです。
例えば、株式であれば、株式自体は事業を承継する人物に譲渡する一方、その配当を受け取る権利を受益権として、他の相続人に分配する形式を取れば、株の分散を回避することにより事業の継続性を確保しながら、遺留分対策にもなるのです。
もちろん、無議決権株式などの種類株式を発行することでも同じ様な効果は得られますが、新株発行の諸手続きは煩雑ですし、あくまで株主の地位にありますので、その後の管理も大変です。また、無議決権株式等の場合、受益権者に相続が発生した場合には株式が分散してしまい不便が発生することがあります。
しかし、信託であればあらかじめ定めた信託の期間の終了時には、最終的には経営者が受益権を回収できるようにデザインすることが可能です。この点は、株式自体の所有権(物権)ではなく金銭請求権(債権)を有するだけですので、終了時には特別な手続きも必要ありません。
更に、委託者と受益者の契約に基づく行為であるため、撤回することは出来ないため、後継者にとっても安心です。
このように、株式そのものではなく、株式が生み出す利益を請求する権利に変換するだけで、事業の運営の円滑を確保することが可能になるのです。
「信託」というと難しく考えてしまうかもしれませんが、モノの所有とモノが生み出す利益を分割する。これを上手に活用することで、権利関係を簡素化させることができる、という大きなメリットを得ることができます。